2009年7月 9日 (木)

残り物には福はない

残り物には福はない、
残り物は残り物です。

陳列ものは残り物、
高級になればなるほどね。
私などはそこがわからなくて
ショーケースの中のものに
感動していたわけです。

よく考えてみれば当然ですね。
アウトレット商品は残り物、余り物。
皆の手垢がついているもの、
悪い言い方をすれば中古品。
(少し言い方に語弊がありますが)
使用していないだけの話です。

あるところの宝石店で聞いた話
これだと思ったものは
他の人にさわらせないそうです。
新作発表会では
おおかためぼしいものは
その時、売れてしまうそうです。
残ったものがお店に飾られる。

唯一のものとは
その人のためだけのもの。
その人以外の所有者は存在しない。

そう考えると
まず何をしなければいけないか
見えてきます。
まずはお金持ちになること。
自分が絶対的に優位に立つこと。
自分からいくのではなく
相手の方から品物を持ってこさせること。

これは人間関係にも応用できます。
自分から動くのではなく
まわりが自分へ近づいてくる。
もちろん商売においてもそうです。
自分が売り込むのではなく、
相手が見込み客になること。

またね、お金持ちほど
ほしいものがないのかもしれません。
だからセレクトもきびしくなる。
別に買わなくても良いんですから。

私はケチですから
洋服は定価では買いたくなかった。
だからアウトレットに目が移りました。
で行き着いたところが
サンプル品!
これはある意味、私好み
残り物ではなく、試作品。
天の邪鬼っぽいでしょ。

残り物には福を感じませんが
サンプル品には出会いを感じます。
宝飾品も出会いのように感じます。
この石にはこのデザインしかない、
だから唯一無二のもの。

何でも飛びつくのではなく、
出会いや必然、その瞬間、
巡り会うべくして巡り会う、
ロマンスまで発展しないと
福とは言えないでしょう。

まずはお金を貯めなくっちゃね!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年7月 8日 (水)

お金持ちって?

私が思うお金持ちの定義、
働かなくても、
お金を気兼ねなく使っても。
お金がどんどん増えていく人。

お金がお金を増やす仕組みが
確立されている人、
絶対に損をしてお金が減らない人。

私は気を使って
相手のことをおもって
お金を気前よく使っていると
「お金持ちだからね」といわれるときがある。
私にとってこの言葉は
嫌みをいわれるより
腹が立ってしまう。

そもそも私は
汗水たらして仕事をしている。
気兼ねなくお金は使えない。
手を抜いたらお金がどんどん減ってしまう。
はじめに書いた定義を全うできていない、
であるから決して
「お金持ち」と言われる筋合いはない。

メリハリをつけていることが
理解されていない。
自分だけが良い思いをしようとは
私は思ったことはない。

普段の生活は
いたって質素です。
変な遊びはしない。
お酒は少々、たばこはしない、
ギャンブルは重賞競馬を少々、
宝くじもジャンボのみ。
最近は買い物も極端にしない。
光りものとは距離を置いている。
最近の楽しみは
本を買って映画を観るのみ。

でもお金持ちにはなりたいですね。
お金持ちだけになりたい。
今の生活パターンは変わりなくで
変えたくもないです。

お金だけ
使えないほど持っていることはいいです。
お金に関してはそれでいい。

私自身は変わらぬままでね。
今の私なら
お金持ちになっても
何にも変わりなく
過ごせるとおもいます。
良い経験をさせてもらいましたからね。

良いおつきあいの人たちとだけ
つながりをもてば良いと思います。
面倒や気疲れは嫌いです。
さらにすみ分けが進むのでしょうね。
仕方ありませんね。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年7月 7日 (火)

ファション誌を見ても心ときめかない

最近、ファッション誌を見ても
心ときめかなくなってしまいました。

もちろん買う余裕がなくなってきたのが
最大の原因ではありますが、
でも、飽きっぽい性格の私、
ファッションには飽きてきたのかもしれません。

腕時計をとっても
どうも最近のデザインや売り方には
疑問を呈したくなります。

奇をてらいすぎ、
話題をてらいすぎ。
限定版、記念版と称して
さも特別にしたものを売り出す傾向が、
でもそれが気に入るような感じなら良いんですが
私にはそうは見えないし感じない。

もっとしっかりしたもの
オーソドックスでもいい
飽きの来ない、品の良いデザイン。
それでなくてはいけないのじゃないかと。

あまりにも情報過多すぎます。
これでは選びようがない。
そんなことに神経を集中するよりも
他にすることがあるのではないかと
思ってしまう次第。

だから最近は
読書にはまってしまっています。
そして新刊よりも
古いものに憧れてしまう。
言葉や文章の綺麗なものに
憧れてしまう。

好きな作家の新刊は
しっかり買って読んでいます。
その傍ら、名作といわれたものも読んでいます。

出歩くのが億劫、
ショッピングも億劫、
別に欲しいものもこれといってうかばない。
そんな状況になってきています

でも本だけは
あれも読みたいこれも読みたいと止めどもない。
結局、私はここに行き着いたのかもしれません。

ファッションも一通り
自分なりにのめり込んでは見たものの
結局は性に合っていないということ。
コレクションにしても
こんなものだったのかとさめてしまうありさま。

心ときめくといえば読書!
結局これが残ったということです。
でもね、それで良かったと思います。
面倒になって
飽き飽きして、つまらなくなって、
情けなくなって、
何も残らなかったらどうしようかと
自己嫌悪に陥ってしまったところです。

読書だけが残った
読書しか残らなかった。
これで良かったんです。
私にはこれが一番でした。

ファッションは
心ときめいたときだけ
行動に移すことにします。
ファッションとの出会いがあったときだけ。
感覚、空気、流れに任せます。
なるがまま、自然のまま。

自分に自信を持って
ファッションに頼ることがないよう
内なる積み重ねに今後は重点を置きます。
これも歩み進歩の過程なんでしょうね。
うれしく思っています。


| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年7月 5日 (日)

休日の過ごし方が変わった

ここのところ
休日の過ごし方が変わりました。

土曜日の仕事が終わって
レイトショーの映画を観に行く。
日曜はそれによって
午前中は多少の寝坊で
配信サービスやブログ書きで
午前中はあっという間に過ぎてしまって、
午後は読みかけていた本を
一気に読んでしまいたくなって
読書三昧というわけです。

途中の休憩時間に
近くの本屋を散策。

このパターンが
1っヶ月以上続いています。

街へ出歩かなくなっても
一向に不満ではない。
むしろ出歩くことが億劫がっている。

基本には無駄なお金を使いたくない。
無駄に使うお金がなくなってきたことが原因。

街にぶらぶら出て歩けば
必然的にお金は多少なりとも使う訳です。
見て回れば欲しいものとも出会ってしまう。
出会いとばかりに買ってしまう羽目にも。

そりゃ、買い物は楽しかったです。
店員さんとはなじみになるし
会話も弾みます。
でも相手は商売ですから当然のこと。
買わせるためには心証がいいのは当然。
踊らされている面もありました。

私は元来、欲しいものはピンポイント。
その場で選んでというのは苦手。
買いたいものがなければ
行動に移せない人間です。

今、私が欲しいものって?
別にないんです。
勤め人ではないですから、
日々、おしゃれをしなければいけないことも
日々、目先を変えることも必要ない。
腕時計が好きだからといって、
勤め人でないのだから
個数にだって限度があるわけです。

その点、読書は限度がない。
読みたいものが次から次から現れます。
そして読む場所と時間を選びません。
映画もレイトショーなら
お金も節約でき私の行動時間にあっている。

この2つはほぼ確立されたも同然ですね。
趣味としてもお金の使い方としても
時間の使い方としても欲求の満足という面でも。

あとは何かを生み出すという行為を
どこに据えるかということです。
無理なく無駄なく確実性をもって。
その点が今後の課題でしょうかね。

いまのところは
読書に夢中。
映画に夢中。
これでいいですね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年7月 1日 (水)

思い通りにいくいかない

私は性格上、
自分勝手に行動するのが
性に合っています。
だから有名にならなくても良い。
(もっとも有名になどなれませんが)

有名になったり
著名人になったり
そうなったら自由がきかなくなります。
まわりが気になって仕方がない。

アドバイスを受けるくらいならいいですが
こうしたらいい、ああやればいい、
指図まで行ったら我慢できません。

最近一番気にすることはストレスです。
悪く作用するストレスは全くゴメンです。
自分にプラスになるストレスは
受け入れる許容は持ち合わせていつもりです。

感覚的には
職業というよりも
芸術家を望みますね。
同じプロであってもね。

言動や行動、お金には縛られたくない。
自由気まま、勝手気まま。
結果が思い通りにいかなくても
過程を喜んで楽しめれば
それで良いと思います。

ストレスで病気になったり
死まで考えたくはないですね。

自分だけで完結していれば
思い通りにいっているということでしょう。
結果の程度こそあれ、
自分のやりたいようにやった結果ですから。
それで十分満足といえるでしょう。

高望みは
別の次元の話だと思っています。
今の自分のポジションは
これからも大事にしていきたいと思っています。


| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年6月29日 (月)

いやはや何ともこの状態は…

6月も今日入れて後2日。
いやいや、
何とも、
世の中、不景気。
手の打ち所がないか?

この場で攻撃的に前向きに
打って出られる人は、
とんでもなくすばらしい。

私などは読書で時間をつぶしている有様。
はやく週末にならないかなあってね。
でも週末になったからって
何かをするわけではない。
余計な出費もせず
やはりひがな1日を
読書でまったり過ごしてます。

難しい選択を強いられていますね。
資金を使って実験的に事を起こすか?
もちろんダメで元々なんて思っていませんが
痛手を被らない範囲は当然視野に。

でもこういうときは
頭の中だけのシミュレーションに限ります。
期間をしっかり限定して。
たとえば1〜2ヶ月この期間だけ、
それまで結論や見通しを明らかにする。
これが重要でしょう。

だらだら、ジャブジャブ、際限なくは
御法度です。

考える、考えつくす。
もう考えられない。
この経験は今回だけでなく
今後も活きます。
間違いなく活かされます。

私も8月いっぱいまで
考え続けます!

そのためには、
読書に逃げ込まないように
しないとね!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年6月26日 (金)

泉谷しげるのロック

泉谷しげるのロック魂は
RCからのパクリだとか。
(バカヤロー!帰れ!などの暴言)
今日のラジオで聞きました。

ロック魂とは
反体制、
自己主張、
こびない、
我がまま、
自分勝手、
などなど。

でも世の中でのカッコ良さって
そういうところからくるのかもしれない。

私は、まじめ人間、おもしろみのない人間、
でした。
融通は利かない、まっすぐしか見ることができない人間、
でした。

変なところで応用は利いた、
いつも夢を追いかけていた少年、
でも上記の性格で芽は出なかった。
(今も芽は出てはいませんけれど)

でもカッコいい人って
どこか型にはまらないで
憧れるところがあった。
自分もいつかはそうなりたいと思った。

世の中での成功者は
どこかしかロック魂を持っている。
変わっている、まねできない。
でも憧れる、ひかれる。
惹きつける、魅了する。

大半の人が向いている方向とは
逆の全く違う方向を向くこと。
ある意味、そっぽを向く。
これはなかなかできないことだから
かっこいい!こと。
普通ではできないことだから。

私もこれからの人生は
(残り少ない人生)
ロック魂を大いに出していきたいと思う。
ほかとは違う、みんなとは違う生き方、考え方。
そしてカッコ良く生きていきたい。

今まできまじめで融通が利かない人間だって
ロック魂はもてると思います。
変わることはできると思います。
要は、おこなうか?おこなわないか?
です。
その違いでしょうね。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年6月24日 (水)

脳の不思議

自分の脳を、
いかようにもコントロールできたら、
そんなことを考えてしまいました。

スイッチを入れるように、
良いアイデアを出せと
自分の脳に指図すれば
瞬時にイメージがわいてくる。

どんな難問にぶつかっても
解決しろと脳に指図すれば、
解決策が出てくる。

もちろん運動能力も
脳への指図で飛躍的に向上、
007の加速装置も真っ青。

今朝は自分の脳が
勝手に機能していた感じがして
まんざら上記のことが夢物語では
ないのではと思いましたね。

今回の現象のきっかけは
読書がポイントでした。
脳の活性化を促して
体の疲れが睡魔を伴って
でも脳の一部分は活性化したままで睡眠、
夢を見るときに活性化の状態が継続、
自分の脳ではない感覚を味わえたということ。

まだまだ人間の脳は神秘のるつぼ。
自分自身でスイッチを入れられるようになったら
とんでもない可能性を引き出せる。

もし脳の能力を100%使いこなせたら?
うれしいやら楽しいやら
心配やら恐ろしいやら、
制御不能になったら取り返しがつきませんけど。

でもまだ見ぬ夢物語として
自分の脳を自分で思い通りに活用できたら?
今朝はふとそんなことを思ってしまいました。
何か助走やスイッチは存在するものと思います。
今朝の自分の状態は
そんなことをかいま見た状態でしたから。

この現象の再現性を試してみたい、
(自分の脳を実験材料にして)
ますます読書にのめり込みそうですね。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2009年6月22日 (月)

踊らされて

私は踊らされていたとは思っていません。
私が勝手に踊っていただけ。

そうなんです。
相手は商売なんですから、
ホステスさんがお客さんに
連絡を取ることと同じ。
しなを作ったり、
おべっかを使ったり、
優しくしてくれていたり。

お金の切れ目が
縁の切れ目。

昨日はワイシャツを作りに行ったり、
アウトレットに行ったり、
買い物はワイシャツだけでした。

期間限定セール!
通常、2枚10,500円を
どれでも3枚10,500円。

オー、1枚10,500円のを3枚買えるかも!
そんな期待でいきましたがさにあらず、
やはり高い方は隠されていました。
そりゃそうだよね、
そんなわけないよね。

皆、損しては商売はしていない。
お客さんのためを思ってご奉仕!
そんなはずはない。
踊らされているだけ。

アウトレットでは私は見ていただけ。
こちらもオールシーズンバーゲン!
別にもう買うものがない。
着て歩くものは余計にはいらない。

お父さんどうしたの?
銀座にも遊びに行かないの?
お金使わなくたって行ってくればいいのに?
鬱病になっちゃった?
元気ないじゃない。

踊らされることにも
別に気分が良くなる感じでもなく、
父の日だからと言って
自分にご褒美を買わなくてはいけないこともない。

お客さんは
踊らされるだけ。
本当の意味での満足感って
それでは得ることができない。

ちょうど「春の雪」も読み終えて
次はどれにしようかと思っていたら、
村上さんの「1Q84」が届きました。
箱から急いで出して
外側にカバーを掛けて
早速、読み始めました。
うーん、これは極楽!至福!

踊らされるより
自分で踊る方が良い。
それも自分がしたいように踊ること。

世の中の景気はどう?
人の動きはどうなっていくの?
そのためには外に出て行って
空気を肌で感じなくてはいけないのでは?

今の私には必要ありませんね。
そんなことより自分の時間が大事。
自分のために何かをすることの方が大事。

皆を見れば
自分も踊らされてしまう。
まわりが気になれば
作用されてしまう。

良い機会でした。
お金がない、儲けがない。
良い機会です。

本は安いです。
映画もレイトショーなら安いです。
音楽もCDなら安いです。
美術館の入館料は安いです。
新宿御苑の入館料は安いです。
公共のプールは安いです。
自転車なら移動にお金がかかりません。

踊らされなくても
十分楽しむことはできます。
これで必要十分です。
結局このスタイルが
自分には合っている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年6月15日 (月)

相対的な優越感か絶対的な優越感か

人は相対的な目線で
ものごとを比較する。
これとあれを比べてみてどうなのかと。

経験と言うことも
相対的な比較に通じてしまう。

もちろん人の意見というのも
往々にして相対的に述べられている。

私は個人というものは
絶対的な目線があっても良いと思う。
自分はこうだ!
私はこう思う!
私はこうでなくてはいけない!

結果は結果だし、
価値観は人それぞれで
当然違っていてしかるべきこと。

あまりにも今の世の中
情報に振りまわされすぎです。
CMの如何で流れが左右されてしまう。

良いものは良い、
好きなものは好き、
嫌いなものは嫌い、
気に入らないことは気に入らない。
当然、そうであっても
全く問題がないわけです。

でも自身に絶対的なものがないから
ブレが生じてフラフラしてしまう。

相対的な優越感か?絶対的な優越感か?
と聞かれて私なら
絶対的な優越感を望む。
もうこの域ではまわりなどは関係ないんです。
自分がこう思うことが絶対!
自分自身以外はすべて関係ない。
同じ考え方であっても
あなたと私はこの件ではたまたま一緒ね
これで良いのかもしれない。

同じ枠にいなければいけないことはないし、
取り込まれる必要もない。
洗脳される必要もないし、
強制される必要もない。

自分の価値観において
自分がなによりそれでいい、
一番だといってはいない
誰とも比べてはいないのだから。

強いていえば
結果だけは平等についてくるということ。
評価するとすれば結果、
評価されるいわれもないけれどね。

とにかく自分を磨くのみ。
枠にとらわれず
進みたいように進み。
やりたいように行う。

絶対的な優越感
まだまだ道のりは長い!

| | コメント (2) | トラックバック (0)

«人間、ストレスから解放されることはないのか?